闘神にとっては最早、定位置とも言える北海の絶壁。 潮の匂いが強いそこに普段通り腰を据え、強風に長い黒髪を煽られながら櫂夜は煙管をふかしていた。 立ち上る細々とした煙はすぐさま風に揉まれ、掻き消された。
 切り立った岩場を更に削る勢いで、荒い波が打ち付ける。
 ぶつかり、弾け、冷たい飛沫となって散っていく。 あまりに荒々しいその様は、櫂夜の気性そのものを見事に表しているようでもあった。
「一体何の用だ。生憎俺は父上ほど暇じゃないんでな」
「長の補佐を担う僕に向かって暇だとは……また随分なお言葉だね、櫂夜」
「叔父上の目を盗んでは仕事を放棄するくせに、白々しい事を言う」
 呑気に浮ついた声色がわざとらしくおどけて見せた。
 不揃いに首筋を揺れる薄紫色の髪。華奢な体を包む藍の着物に、深い闇色をした帯。 纏う空気はふらふらとさ迷うように落ち着きがなく、掴み所が一つもない。 本来ならば一番に感情が映るその目が白い布で覆われているせいだろう、読み取れない表情がどことなく不安を誘う。
 色の薄い唇でそっと弧を描き、双雲は笑った。声もなく、ただ唇だけを歪める笑み。 櫂夜は背後を振り返りもせず、白く弾ける海面を見つめる。
「それで、櫂夜。僕に教えてはくれないのかな」
 静かな声であった。笑みを浮かべる唇から零れたとは思えない、淡々と冷えた声だ。
「櫂夜。僕はね、気になって仕方がないんだ。だって、嫌いでしょう?」
「父上」
「お前は何かに縛られる事が一番嫌いだったでしょう? たとえ一族から高貴な位を授かろうと、 闘神の地位に束縛されてしまうなんて櫂夜には堪らない事でしょう? …一体、何があったのかな」
「何を、今更」
 不敵に唇を歪め、櫂夜は小さく肩を揺らして笑う。
 刀を握る武骨な指先が細やかな造りの煙管をそろりと撫で、 それを緩慢な動作で口元へ運んだ。吸い口を咥え、深い呼吸と共に肺を紫煙で満たす。 じわりと、染み入るような感覚。その何とも言い難い感覚が癖になる。
 ふ、と吐き出された煙は吹き荒れる風に乱され瞬時に消し飛ぶ。 名残惜しく揺らぐ暇すら与えない、その荒々しさこそが櫂夜の気性そのものであった。
 一族の者は皆、口を揃え櫂夜を評価する。千にも満たない齢でありながら、一族最強の武術者。 躊躇う事なく刀を振るう姿は、まさしく闘神の位を授かるに相応しい者である、と。
 逃げる事なく。
 迷う事なく。
 櫂夜は闘神としての己を肯定する。不敵に笑い、尊大な態度で一族の中心に存在する自身を認める。 それはまるで、一族という綱に繋がれてしまったかのように。
「父上ならば、分かるだろう?」
 双雲は、思うのだ。
 この男は何物にも捕らわれず、自由に生きればそれで良い。皆、それを咎めはしない。 やはりそうであったかと笑いこそすれ、彼を罵倒する事は決してあり得ない事だ。
「俺は俺の為に。―――簡単な事だ」
 振り返り、不遜なまでに微笑んでみせるその目。
 どこまでも突き抜けるように澄んだ美しく青い瞳は、闘神という束縛すら噛み砕く。

色鮮やかな (御伽草子:櫂夜、双雲)