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気付かなければどうということはない些細な動き。
しかし、一度でも気付いてしまえばそこに抱く違和感は中々拭えない。
それは、思い返してみると度々謙也の視界の隅で起こっていた。 目の端に映る誰かしらの仕草は思いのほか見えているものだ。 部活後、一気に部員が集まった部室は特に意識せずとも視界に人の動きが次々と飛び込んでくる。 練習のあとでも体力が有り余っている赤い髪の小さな体はたこ焼きをねだってはしゃいでいるし、 いまいち自分の身長を理解していないとある部員は部室の入り口で頭を強打し周囲の人間を驚かせていた。 (お前それ何度目やそのうち額割れるで) 打ち付けた額を赤くして呻く姿に声を掛けようと体を反転させる。 瞬間、ぐるりと動かした体、というよりも肩や二の腕辺りが隣り合った体を掠めた。 「お? あ、すまん」 さて、隣にいるのは誰だったか。 ぶつかった肩の先に軽い気持ちで視線を滑らせる。 そこには、周囲の喧騒をもろともせず黙々と着替えの手を動かす後輩の姿があった。 耳元を飾るピアスの数は、控えめに数えても多いように思う。 気だるげにすら見える眼差しがゆるりと瞬き、謙也を捉える。 その時点で先の展開が概ね予想できてしまうのは、何となく府に落ちない。 「先輩、邪魔になるだけなんでふらふらせんといてください」 ほらきた、と頭が理解する前に「どこをどう見てもふらふらしてへんわ」と切り返してしまう辺り、 手慣れた感が否めなかった。 それだけこの財前という後輩の毒舌を聞いているという証拠だろうか。 それは、できることなら遠慮願いたい。しかし、否定できない事実であるためどうにも複雑な心境だった。 「お前いっつも一言余計やねん」 「急にどつかれた思て驚いただけっすわ」 「アホ。お前どつくくらいなら白石引っ張り込んでどつき漫才の一つでもかました方がよっぽど有意義っちゅー話や」 「そんなん尚更邪魔にしかならへん」 可愛げというものがまったくない言葉の応酬は、ようするに普段と何ら変わりがない。 むしろ、今日のところはほんの少しだけ吐き出される毒が控えめなようにも思えた。 適当に言葉を返しつつ、制服のシャツに腕を通した。 汗で汚れたユニホームを着替えるだけでいくらか気分がすっきりして火照った体も落ち着く気がする。 ほど良い疲労感も相まって帰宅間際のこの時間は、そう悪いものではなかった。 脱ぎ捨てたユニホームは無造作にバッグへ詰め込む。あとは、各自が適当な順に帰路に就くだけ。 急ぎの用は特にないが、遅くまで部室に留まると鍵当番である部長が急かしてくるため 着替え終わった者から出ていくことがほとんどだ。 謙也はそこでふと、隣に並んだ形になる財前の姿に違和感を覚えた。 可愛げというものをどこかに置き忘れてきた後輩は誰に絡まれようとも軽く受け流し、 さっさと身支度を整えてしまっている。それは普段からのことで、 特におかしいというわけではない。(……気のせいやない、よな?)けれど、やはり何かがおかしい。 それも今この瞬間だけでなく、ここしばらくの間で感じ取っていたことだ。 「財前、何やおかしないか?」 「は? 何がです?」 「いや、最近妙に間隔取られとるというか……」 偶然隣り合った時だけでなく、ダブルスを組んでいる時もそうだった。 不自然な間隔があり、意図的に二歩ほど避けられているような。 極々自然な形で距離をおかれていたため気に止めていなかったが、視界にはしっかりとその間隔が映り込んでいた。 すっ、と横に滑る体も実は見えていた。 今までは気にしていなかったこと。しかし、気付いてしまえばどうしても気になってしまう。 「別に、先輩の気のせいとちゃいますか。それか目の錯覚や」 「気のせいにも錯覚にも見えへんから言うてんねん」 ここにきて引き下がるわけにはいかず、一息に切り返し「おかしいやろ」と続けて言葉を投げた。 いくら可愛げのない後輩であっても、避けられてしまうのはさすがに空しいものがある。 誰かが部室を後にする気配がした。そういえば、あれだけはしゃいでいた赤い髪の小さな姿は、どこにもない。 そのことに、一瞬気を取られた。 「中途半端にでかい図体しよって、腹立つ」 「はっ? 今何か言うたか?」 「別に言うてませんけど」 「いや、でも何や聞こえたで」 「……ほな、一つだけはっきり言わせてもらいますわ」 わざとらしい溜息が聞こえた。正直、意味が分からない。 溜息を吐かれるほどの何かをしでかした覚えはないし、一体何を言われてしまうのか。 聞き慣れた毒舌であろうとも心臓に悪いことは変わりないのだ。 すっと伸びた財前の手が自身の荷物を掴む。 手にした荷物をそのまま肩に掛け、財前は静かに謙也の脇を通り過ぎようとする。 その顔はどこか不満げな、憮然とした表情にも見えた。 一言言うのではなかったのか、と謙也が声を上げようとした瞬間、声量を落とした苦々しい呟きが耳元を掠めていく。 「そのうち絶対追い抜くんで、とりあえず先輩は縮んだらええと思う」 まるで負け惜しみのような、そんな捨て台詞。 何のことかと理解する暇もなく、財前の姿は部室の外へと消えていった。 何が何だか分からないことばかりで、謙也は呆気に取られ後輩らしさの欠片もない背中を見送るほかなかった。 チャリン、と小さな金属のぶつかる音がした。 鍵を持つ左手を軽く振り「今日の財前くんはえらい可愛らしいなぁ」と 苦笑を零す部長の言葉には、ただ首を傾げるしかない。 |