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等しく訪れた冬の季節は西の荒野に真白い雪をもたらした。
降り積もった綿雪は荒野を埋め尽くし、一面の銀世界を作り出す。どこまでも続き、 果ては無いのではないかと錯覚してしまいそうな光景。風はなく、しんと静まり返った空気にちかちかと肌が痛んだ。 寒い、とは思わなかった。吐き出す息が白く染まろうとも元来妖の体は丈夫で、寒気にも十分耐え得る作りになっている。 種族によって多少の違いはあるものの、少なくとも鉄鬼である枷月は雪景色の中でも平気な顔をして立っていられる。 だが、それは冷気を感じないというわけではないのだ。 肌を刺すような冷たさは絶えず枷月を襲い、冬の厳しさを思い知らせてくれる。 「―――見事に積もったわね」 枷月の隣にひっそりと佇む薄氷色の少女は微笑む。 「珍しい事もあるのね。白斗さんの森と違って、ここはよほどの事がない限り雪なんて積もらないのに」 「夕時から絶えず降り続いていたせいでしょう。今日は風も穏やかでしたから、条件が良かったのでしょうね」 空を覆っていた雲は夜更け頃から晴れ始め、今では満天の星空が広がっていた。 冷気で澄み切った濃紺の空に浮かぶ銀色の星々と、弓なりに反った黄金の月は冬の大地を静かに見下ろしている。 月明かりに照らされ、雪面は仄かに光を放つ。 朧な雪景色は酷く幻想的だ。この地の本来の姿を知っている枷月だからこそ、余計にその思いは強くなる。 幻想的で、夢のようで、故に脆く壊れやすい。触れた瞬間に溶けて消える儚さはいっそ滑稽なほどだ。 散りゆく間際にある花の美しさに酷似しているようにも思う。 「綺麗ね」 景色に見惚れたように言う氷榁の姿を枷月はさり気なく窺い見る。 薄っすらとした蒼を纏う彼女は雪と同様に儚げで、危うい美しさがあった。 氷榁と雪の境界線が今にでも滲み溶け出してしまっても、おそらく枷月は驚かない。 むしろ、それを当然のように感じてしまう自身がいる。妙な事だ、と普段であれば軽くあしらえる思考が今は凍ったかのように凝り固まっていた。 凛、と佇む氷榁の横顔を枷月は単純に美しいと思う。 (……駄目、だ) 美しいからこそ、駄目なのだ。 しゃんと伸びた背筋や柔らかい眼差し。鈴の転がるような声色。華奢な体。その全てが彼女を構成するものだというのに、 この雪の中では全てが滲んでしまう。持っていかれてしまう。 何もかもが曖昧になって、やがては消えてしまいそうだ。幻想は、所詮泡沫のように無くなるのだから。 彼女を生んだ大地は生き物が少ない荒野だ。乾いた風が砂塵を巻き上げ、容赦なく肌を打つ厳しい土地だ。 故に氷榁の美しさは異様であり、象徴的であった。 寂れた大地に映える蒼。それこそが唯一のもので、揺るぎない光景であったというのに。 「……これは、少々面白くありませんね」 「え?」 ぽつり、と零れた枷月の言葉は氷榁の耳元を掠め解けるように消えていく。 仄かな明りに氷榁の姿が照らされている。 一面の銀世界は彼女を飲み込むかのように広がり、普段の異様さが欠片も見当たらない。 そこが彼女の居場所であると錯覚してしまいそうなほど、似合い過ぎた景色が枷月の前にある。 雪が溶けて無くなればいい。 綺麗だと喜ぶ彼女を裏切り、枷月の胸を占める思いは酷く薄情なものであった。 溶けて消えて、二度と現れなければいい。でないと、荒野に佇む彼女の異様な美しさを目にする事が出来ない。 それは、あまりにも面白くない事だ。 素朴で、純粋な彼女の美しさを引き立てる背景は荒れた大地だけ。 雪の中の氷榁は、あまりにも周囲に馴染み過ぎてしまって見過ごしてしまいそうだ。 「私は普段の景色の方が好ましいです」 「あら、情緒がないのね」 「そうかもしれません。……どちらにしろ、些細な事ですよ。この雪もすぐに溶けてしまうでしょうから」 「……ええ、」 何かを言いたげな表情のまま口を閉ざす氷榁からそっと視線を外し、枷月は緩やかに銀の瞳を伏せた。 瞼の奥に焼き付いた幻想は中々消える気配を見せず、枷月を嘲笑うようにちらちらと降り積もるばかりだった。 |